便秘に対する看護として腹部温罨法やグリセリン浣腸は日常的に用いられているケアではないかと思います。
2005年日本医療機能評価機構事故防止センターの第 3 回報告書に報告されている『グリセリン浣腸における直腸穿孔』の事例が複数件あったことを受け、日本看護技術学会では、便秘に対するこれらの看護に対し、エビデンスを持って安全なスキルで実施できるよう、ガイドラインを作成しています。
今回は、その一部をご紹介したいと思います。
Q.グリセリン浣腸と摘便を同時にやっていいの?
A.グリセリン浣腸施行により、高浸透圧のグリセリン液による化学的刺激を受け、直腸粘膜上皮の脱落や粘膜の浮腫が起こり、その回復には 24 時間必要であることが報告されています。このようなグリセリン液の化学的刺激による粘膜損傷に加え、摘便施行時に粘膜損傷を招く可能性を考慮すると、溶血や穿孔を招く危険性があるので、グリセリン浣腸と摘便を同時に行うことは避けた方がよいでしょう。
Q.グリセリン浣腸実施後に見逃してはいけないサインってあるの?
A.グリセリン浣腸実施後に気をつけておきたいサインは次のようなものがあります。これらのサインは、浣腸実施直後から数日後まで出現時間はさまざまです。もし、これらのサインが見られた場合には、グリセリン浣腸による有害事象の可能性を考えることも必要かもしれません。
また、有害事象は直腸粘膜の損傷によって引き起こされるものが多いといえます。グリセリン浣腸を実施する際は、粘膜を傷つけないよう留意することに加え、直腸粘膜が脆弱となっていないか(例えば、ステロイド剤服用中、下剤の常用、痔核、硬便、出血傾向など)を事前に確認しておくことは、グリセリン浣腸による有害事象のリスク因子を知るための大切なアセスメントといえるでしょう。
グリセリン浣腸実施による有害事象としては、大きく2つに分類できます。
1つは、グリセリン浣腸液(50%グリセリン)が直腸や肛門の血管内に移行することによる溶血、血尿、腎不全経過をたどる事象、もう1つはカテーテルによる直腸穿孔に起因したグリセリン浣腸液の後腹膜内貯留や便汁による感染性炎症です。
また、グリセリン浣腸の有害事象としては、血圧変動も挙げられます。
<グリセリン浣腸実施後に気をつけておきたいサイン>
■カテーテルによる粘膜損傷の兆候として■
下血や出血、肛門部・会陰部の疼痛(排便時の肛門痛を含む)
■溶血・腎機能障害の兆候として■
尿の混濁、血尿、尿量減少、無尿
■感染の兆候として■
肛門部・会陰部の腫脹、発赤、熱感、発熱、腹部膨満、腹部炎症症状(下腹部腹痛、触診による圧痛)
■血圧変動の兆候として■
気分不快、ふらつき、冷汗、顔面蒼白、脈拍数減少
■その他■
気分不快、悪寒、悪心・嘔吐など
Q.体位は左側臥位でなければいけないの?
A.グリセリン浣腸の実施について、2006 年 2 月に日本看護協会から緊急安全情報が通達されました。それは、立位でグルセリン浣腸を行うことによってカテーテルが直腸穿孔を起こし、糞便が腹腔内に広がり腹膜炎を起こすこと、直腸壁がカテーテルによって傷つけられ、グリセリンが血中に入り溶血を起こす事故報告があったことから、立位での実施が危険であるという内容でした(日本看護協会,2006)。基本的には、多くの看護技術の教科書、参考書には、患者を左側臥位にし、浣腸を実施することが記載されています。〜中略〜
立位前傾姿勢や中腰で行うと、患者の肛門部を看護者が観察することは困難で、カテーテル挿入の方向や長さの確認が不十分となる可能性があります。さらに立位のまま肛門管に添ってカテーテルを挿入した場合、ダグラス窩(女性の場合は、直腸子宮窩)に突き当り穿孔させる危険性も大きくなります。
また立位では、肛門括約筋が非常に強く締まり、無理にカテーテルを挿入することにより、静脈の豊富な直腸内壁を傷つけやすくなります。従って、これらの危険性を多く秘めている立位や中腰姿勢は避けなければなりません。
Q.カテーテル挿入の長さは一体何センチが正しいの?
A.肛門管部を超えて肛門柱部から口側は、組織構造上から摩擦など物理的刺激に対し脆弱であり、かつ、直腸粘膜部に損傷がみられた事例が多くなっています。以上のことから、物理的刺激に弱い単層円柱上皮細胞の直腸粘膜へと移行する肛門縁から 5.0cm 以上の挿入を避け、かつグリセリン浣腸の保留を期待するならば、5.0cm 程度がカテーテル挿入の目安となると思われます。
Q.グリセリン注入後に、患者に排便を我慢させることで効果が上がるの?
A.看護学のテキストには、グリセリン注入後 3 分程度浣腸液を貯留させた後に排便するように記載されています。しかし臨床の場では、特に高齢者において我慢することが困難でベッド上で失禁するケースが多いことからトイレで実施することも少なからずあるのが現状です。このような状況下でグリセリン浣腸を実施したために有害事象(直腸穿孔)が報告され、2006 年に日本看護協会からグリセリン浣腸に関する緊急安全性情報が通達されました。
グリセリン浣腸後に排便を我慢する目的として、
①浣腸液が腸壁を刺激して蠕動運動を促進させるため
②浣腸液による便の軟化のため
と看護のテキストには記載されていますが(石井ら 2002,吉田ら 2005,深井ら 2006)、裏づけとなるデータは得られていません。
これらの作用に関する実証データを得るための基礎研究においては(中略)グリセリン浣腸後の排便までに要した平均時間は約 40 秒で、その後は断続的に排便作用が持続すること、便の軟化作用については、患者に我慢を強いている3 分程度では便は軟化しないことが報告されています。
便秘に効く温罨法とは
貼用部の皮膚温が 4℃程度上昇し、2℃程度の上昇が 1 時間以上継続する刺激を与えられる方法であれば、どんな方法でも良いというのが、現在の到達点です(菱沼 2011)。熱布を用いた湿熱刺激、熱布をビニールで包んだ乾熱刺激、蒸気温熱シートが代表的な方法です。
当てる部位は腰部または腹部です。
・1 回のみ当てる方法
・毎日連続して当てる方法
があります。夏でも適用できるか、当てる時刻で効果に差があるかどうかは、まだわかっていません。
1)熱布罨法[川島式](川島 1994)
準備するもの:浴用タオル 3 枚、バスタオル 1 枚、バスタオル大のビニール 1 枚、
70℃程度の湯、家庭用ゴム手袋 2 組
① 浴用タオル 3 枚を 2 つ折り(30cm×40cm)にして 6 枚重ねにし、家庭用ゴム手袋を 2枚重ねてはめて、70℃程度の湯で絞ります。
② 絞ったタオルを空中で払い、施行者の前腕内側に当て、熱さを確認します。
③ ヤコビー線を中心にして腰背部に当てます(p4 図 1 参照)。この時、熱すぎないかどうかをよく確認します。体位は腹臥位または側臥位でできます。
④ 布をビニ-ル(家庭用ポリ袋を使うと扱いやすい)で覆い、その上にバスタオルをかけます。バスタオルをかけるとき、掌でしっかり押さえ、温タオルを皮膚に密着させます。シーツ、寝衣がぬれないよう、気をつけます。
⑤ 貼用時間は 10 分間です。
この方法では、タオルを当てられると熱いと感じ、このときのタオルの温度は 60℃程度ですが、その後急激に下がります。一方皮膚温は、7~8℃急激に上昇して、41.1~43.1℃になりますが、その後は皮膚温も下がっていきますので、これまで熱傷の報告はありません。
タオルを取り除いた後も、皮膚温は 2℃程度上がったままになっています(菱沼ら 1997)。
2)ビニール袋に入れた熱布[丸山式]
60℃の湯で絞った熱布をビニール袋にいれ、90 分仰臥位で腰の下に敷きこむ方法、側臥位で 10 分貼用する方法で(1)の変法として報告されています(久賀ら 2005; 丸山ら 2005)。
側臥位や腹臥位になれない場合、濡れたタオルでシーツや着衣を濡らさないために、工夫された方法です。
準備するもの:浴用タオル 2 枚、ビニール 1 枚、60℃の湯、家庭用ゴム手袋2組
① 浴用タオルを 4 つ折り(30cm×20cm)にして 8 枚重ねにし、家庭用ゴム手袋を 2 枚重ねてはめて、60℃の湯で絞ります。
② 絞ったタオルをビニール袋に入れ、空気を抜いて、当てます。
血液透析中にこの方法で 90 分腰の下に敷きこんだ場合、当ててから 15 分程度で、皮膚温が 4~5℃上昇します。その後、徐々に下がって行きますが、90 分後でも貼用前より 2℃高い状態が続きます(菱沼ら 2008)。
3)蒸気温熱シート[花王めぐリズム®]
これは市販されているものです。
非透湿性のポリエチレンラミネート不織布と、透湿性のポリエチレンおよびポリエステルからなる不織布の間に、鉄、活性炭、食塩水、パルプからなるシート状の発熱体が入っており、空気にさらされることによって、鉄粉の酸化と加水で発熱が起こるものです(Oda, et al.2006)。
開発当初は縦 12cm×横 20cm の大きさのものでしたが、その後の研究で効果に差が無かったことから、現在は縦 8.5cm×横 17.8cm が販売されています。
このシートは酸化が始まって徐々に温度が上がり、表面温度が 40℃で 5 時間継続するように設定されています。皮膚温は 30 分程度をかけて 4~5℃上昇し、38~39℃が長時間持続します(Oda et al. 2006)。
当てる部位はヤコビー線を中心とした腰部または腹部になります。
1 回のみの貼用でも連日貼用でも効果が報告されています。
①消化管の穿孔や閉塞がある
②何らかの原因により出血傾向がある
③全身衰弱が激しい
④血圧の変動が激しい
以上に当てはまる人には温罨法は禁忌です(川島 1994)。
【引用文献】
便秘症状の緩和のための温罨法Q&A:日本看護技術学会
グリセリン浣腸 Q&A:日本看護技術学会
http://www.jsnas.jp/system/data/20160427225748_qrxys.pdf
ケアスタッフ
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